「技術は安売りしない」

先代の道治は職人気質の厳しい人で、言うことを聞かない子供の頭をエボナイト棒で
ひっぱたくような人でした。(あれは相当痛いものです)

50年位前、市内のある学校の先生が万年筆を注文しに工場にやってきて、「ここの
軸はもうちょっと細く、こっちは太く」というように、轆轤を挽くそばであれやこれや
と細かい注文をつけていきました。

先代もお客様に喜んでもらうためにいろいろと苦労したようです。何回かの打ち合わせ、
調整を経て、双方満足する製品になり、やっとお渡しする段階になりました。

すると、その方が「もっと値段を安く」と今度は価格交渉をしてきたのです。
腹に据えかねた先代は作った万年筆をその場で真っ二つに折って言いました。

「技術は安売りしない。お前さんに売るペンはもうないから帰ってくれ。」

その方はひどく憤慨され、結局お帰りになりました。それを見ていた私も呆気に
とられましたし、「何もせっかく作ったものを」と思いました。

今考えると、先代としては技術に自負もあったでしょうし、お客様の難しい注文に
も応え、自分でもやっとのことで納得のいく製品ができたのだと思います。しかし、
値段を小切られたことが余程自分の技術にケチをつけられたと思ったのでしょう。

お客様が憤慨されたのも無理はないと思います。しかし、その方は以前と変わらず
工場に顔を出され、何事もなかったかのようにそれ以降もご贔屓にして頂きました。

当時のよもやま話です。